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教会よりも裁判所に裁かれたい?

 ある男性のお話。教会の牧師に不倫を懺悔したところ、これを奥さんに伝えられた。男性は精神的苦痛を受けたとして、この牧師と教会に損害賠償1300万円を求めて訴訟を起こした。どうやら横浜地裁での一審では男性が負けたようだが、東京高裁では男性が勝利した。牧師と教会が50万円を支払うよう命じられたという。

 教会に詳しい人は是非是非教えて欲しい。懺悔というのは、だれにもばれないように告白できるのがミソなのでは?もっとも、今回僕が得た情報はここまでだから、なぜ牧師さんが不倫を奥さんに通告したのかがとても気になります。なんとか真実を明るみに引きずり出し、2人に和解をもたらそうとしたのでしょうか。あるいは、不倫が許せなかったのか。

 英語で言うと、somethings are better not be said というところか。日本語で言うと、世の中には知らない方がよいことがある……。うーむ。ところでこの場合、浮気を奥さんにばらされたのは、プライバシーの侵害なのでしょうか。夫婦の間にプライバシーというのもおかしな感じがするけど、現実ってそんなものだろうか。考えてみれば、「へそくり」なんてその典型だけど。

 まあ、懺悔がばれたらちょっとショックかも。とはいえ、こんなニュースで教会の信頼度が落ちないと良いけど。考えても見れば、僕達は人に何かを相談するとき、この男性と同じように懺悔の内容が漏れるリスクを背負っているわけだ。今日は柔らかい話題で行こうと思ったけど、だんだんヘビーになってきた。

 今回は「教会が自分を裏切った」と感じた男性の訴訟を、裁判所が裁いたわけです。しかし「友達に裏切られた」と思ったとき、やっぱり、裁判所よりは教会に裁いてもらう方が穏やかでいいかもな〜、と僕は思うのでした。もっとも、教会は懺悔を受け付けても、けんかの仲裁を受け付けているのかは分からないのだけど。